しんさんしんへ

2011.11.14 Monday

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    歴史もんシリーズ。あと3つくらい続きます。。。

    今回は幕末の歴史上人物で非常に人気の高い『高杉晋作』で御座います。

    坂本龍馬と大変仲が良かった様に表現される事が多いので、
    僕も大変好きですが『騎兵隊』『上海(清)留学』以外に何をした人なのかは特に知りません(笑)


    なので今回もWikipedia頼りと言う事で・・・・f^_^;

    人気が高い理由は多分やけど・・・
    幕末動乱の時代を駆け抜け数奇な人生を歩み志半ばで病魔に倒れたってところに
    魅力に感じる人が多いと思われ坂本龍馬もそんな感じでしょう。。

    さてこの高杉晋作と言う人物、こないだの吉田松陰の松下村塾に入るのが安政4年で、
    翌年の安政5年には藩の命令により江戸へ遊学へ赴いているので、
    実際吉田松陰の教えを請うたのは少しの期間やったと思われる。

    この辺りに当時のエネルギッシュさや学習能力の高さが感じられる。

    当時は当然やけどPCはもちろん携帯電話なんてなかったし紙1枚すら手に入り難い時代で、
    だからこその一瞬一瞬に賭ける集中力が凄かったんやろうなぁって思う。

    これは営業に置き換える事が出来る・・・

    しょっちゅう行けるって思うから「また今度〜」って言えるし携帯で話してしまえば済むけど、
    当時は「また〜」って無かったやろうしなぁ。。。これは見習わないと行けないな。

    えーっと話を高杉晋作に戻しまして・・・・と言っても調べた揚句特に何も無いんですがねぇ。。

    とりあえず坂本龍馬が寺田屋事件の際に手にしていたピストルは、
    高杉晋作が上海(清)留学の際に購入した物を、命が狙われている事を伝えるのと同時に贈ったものらしく、
    当時アヘン戦争で敗北しイギリスの植民地になった清国を見た事で『騎兵隊』を結成するキッカケになったとか・・・。

    江戸幕末「士農工商」の身分制度が確立した中で身分に関係なく志願者を入隊させた。
    坂本龍馬の海援隊(亀山社中)も身分制度にとらわれず、藩を超えて有能な人物を仲間にしていった。
    なので非常に坂本龍馬に近い感覚の持ち主やったのかも知れませんなぁ。

    次に書こうと思っている久坂玄瑞とは幼馴染でライバル同士と言われてい、
    吉田松陰は剣術ばかりで勉学を得ようとしなかった高杉晋作を奮起させようと、
    久坂玄瑞を意図的に褒めて奮起を促したんやって。

    それに応える様に高杉晋作は勉学にも力を入れたんやとさ。

    まぁそんな感じかな。


    とりあえず生誕地です。


    これは萩に向かう道中の道の駅にあった銅像。
    左から高杉晋作、吉田松陰、久坂玄瑞