やんわりからはっきり

2018.11.20 Tuesday

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    久し振りにうちのFAMILY HISTORY続き続き続きの続き。

     

    旧住所を住所変換サイトで調べた現住所の画像をオカンに見せ、

    なんともスッキリしない返答だったのが前回。

     

     

    ■恥を忍んで

    「ここと言われればここ、違うと言われれば違う」

    そう言われると、何の縁もない僕にとっては成す術がなくなる。

     

    ただ直感的に、ここではないんだろう。と思ったし、

    ここまでくると僕も気になって仕方がないので、

    微かに残る記憶「通っていた幼稚園がお寺だった」を信じて、

    住所変換サイトで検索した現住所近くのお寺に電話してみる事に…。

     

     

    ■駆け込み”寺”

    とりあえず気になり決めたら突っ走る傾向にある僕。

    頭の中を整理もせずに現住所と思われる近くにあった【泉慶寺】に電話。

     

    ご住職の奥様が応対して下さり、何を言って何を聞いたかも覚えてないくらい、

    僕のしどろもどろの説明と質問を必死に理解しようとして下さった。

     

    意味不明な質問を静かに聞いていた奥様が一言「当時の住所わかりますか」

     

    ……あf^^;

     

    シンプルに「この住所ってこの辺りですか?」と聞けば、5分くらいで済んだのかもw

     

    いや、でもいきなり電話して昔の住所から「ここってどこですか?」って聞くのも変。

    逆の立場なら、どこのどいつかも分からん奴に答える訳もないし「知りません」って切る。

     

    にも関わらず、奥様は物凄く親切・丁寧に細かく教えて下さり、

    残念ながらオカンが言ってた「幼稚園がお寺」に該当はしなかったけど、

    幼稚園を運営されているお寺を教えて下さった。

    しかも当時の住所から「そこで間違いない」との事で、

    そのお寺の電話番号を聞き御礼を言って通話終了。

     

    駆け込み寺とはよく言ったもので、今回この泉慶寺さんに救われた。

     

     

    ■ここかも…

    今度は頭の中を整理して泉慶寺さんに教えて頂いた番号に電話…

    夕方だったせいか繋がらず…翌日午前・午後と電話するも繋がらず…。

     

    とりあえずここで止まる訳にもいかないので、

    残念ながらお寺の前まではストリートビューではいけなかったものの、

    お寺のある路地の入り口・路地の反対側・お寺の近くの橋(整備され国道に)

    スクショしオカンに送信すると間髪入れずに…「この辺りかも」と前回とは少し違った返事がくる。

     

    ハッキリとした記憶がないだけに確定させる自信もないんだろうけど、

    前回とは違うニュアンスでの返事に変な感触はありもう少しストリートビューで散策。

     

    明らかに最近整備された橋をズームした奥、一段下がったところに古びた橋があり、

    お寺側からみたらその橋の先には個人商店らしき赤い屋根の建物も見える。

     

    ここのスクショも送ってはみるものの、ハッキリとここ!とは言わないどころか、

    最初の「ここと言われれば…」と煮え切らない返事に変わりこの日は断念…。

     

     

    ■ここ!

    翌日になり再度、泉慶寺に教えて頂いたお寺へ電話しようやく繋がり、

    こちらもご住職の奥様が応対して下さる。

     

    半ば”繋がらない”と思って電話したので、こっちがびっくりしたけど、

    精一杯怪しくない事をアピールしつつ事情を説明し要点を絞って伺ってみた。

     

    Q.60年前程に幼稚園をされていたか?

    A.当時も現在も幼稚園を運営している。

     

    Q.女性の園長か?

    A.今は違うが当時は義母が園長で今も生きている。

      が、認知症を患い当時の記憶が話せない。   

     

    Q.近くにアイスキャンディ屋さんはあるか?

    A.橋を渡ったところに通称「キャンディ屋さん」と呼ばれていた店があった。

      女主人であるお婆ちゃんはまだ生きておられ元気である。

      橋を渡った赤い屋根で間違いない。

     

     

    Q.近くで造船所、または船造りをしていたか?

    A.昔、盛んとは言わないが生業にしていた。と聞いた事がある。

     

    ここまではオカンの記憶とほぼ一致、と言うか記憶通り。

    最後に確信にせまる質問。

     

     

    Q.〇〇と言う人物が通っていた資料はあるか?

    A.1970年代に火事に遭い古い資料は消失し昔の写真が数枚程度で分からない。

     

    なぜ僕の人生ってこうも最後の最後で決めきらないのか…電話中でありながら、

    あからさまに落胆していたであろう僕に奥様が、こう続けた…。

     

     

     

    ってところで今回はここまで。

     

    イライラする続け方ですなwすみません。

     

    ではヽ(^。^)ノ