新年あけました。

2018.01.02 Tuesday

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    昨年中は大変お世話になりありがとうございました。

    本年度も公私ともに何卒宜しくお願い致します土下座

     

     

    いやぁ本当に時が経つのが早いですなぁ。と月並みの一言ですが…。

    一つ一つ歳を取って老いてく感じがしますガーン

     

    と、新年早々暗い話で…

     

    今年は毎年言うてる、陶芸を始めましょうかね。

    本当は英会話で字幕なしで映画を観れる様になりたいんやけど高いのよねぇ。

     

    そろそろ体が動かなくなっても良い、外に出る趣味を見つけないと…。

     

    「カラオケがあるじゃないか」って言われますが、

    いつか声も今以上に出なくなる事を考えれば…。

     

    ってこれもそこそこ暗いお話か汗

     

     

    まぁ何れにせよ今年も何卒宜しくお願い致します。

     

    と言う事で笑顔

     

    ではバイバイ

    電車の窓から

    2017.12.28 Thursday

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      FUJITSUスポンサーの番組みたいなタイトルですが…。

      あれは『世界の車窓から』だっけなw

       

      さーて一年前くらいから聴きだしたけど全く覚えられない

      buck numberの曲でこればっかり聴いております。

       

      この曲自体は6年前のアルバムに収録で、

      こないだNetflixで観た映画に使われてた曲NETFLIX

       

      何て言う映画かは覚えてない汗

      と、その話がしたい訳ではなく、、、

       

      Netflixのオリジナルドラマ『僕だけがいない街』のお話指

       

       

       

      元々は漫画→アニメ→小説→映画の流れを汲んでのドラマみたいやね指

       

      「みたー」って呟いたら「知ってますよ」ってコメント頂いたので、

      そこそこ有名なみたいやね汗いかんせん漫画に疎いので汗

       

       

      んでドラマのお話。

      主人公の俳優って『龍馬伝』で幼少時代の龍馬を演じた子かなぁと思ったら違うのね汗

      あーあとこのドラマで主人公の幼少時代を演じている子役の演技が素晴らしいキラキラ

       

      どうやら原作と映画版と展開やオチが若干違ったりするらしく、

      今回のドラマはほぼ原作に近い?感じなのかなと推測。

      なんかオシャレなエンディングやったなぁと…。

       

      あと真犯人が途中で分かるから「つまらん」って批判されるやろうけど、

      僕はあれくらいで分かった方が良い塩梅やなぁと思うのでOk。

       

      ストーリーは・・・ネットで調べてw

       

       

      民放ドラマは全く見なくなったけど、

      Netflixオリジナルドラマは洋・邦問わず面白いなぁと思う作品が多い。

      と言うお話でした。ではバイバイ

       

       

       

      あっ

      主人公は古川雄輝、幼少時は内川蓮生が演じてます。

      で、

      龍馬伝の子役は、濱田龍臣。

       

      気になった方の為に。。。ではバイバイ

      S4の可能性。

      2017.12.27 Wednesday

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        ※今回は確実にネタバレしますので。S3まだの方は…。

         

         

         

         

         

         

        昨日の『フラーハウス』続編S4の可能性を妄想してみる。

         

         

         

         

         

         

        ストーリー的には間違いなくあるでしょう指

        早くて来年8,9月頃じゃないやろうか…。

        遅くてもあるなら10,11月頃と願望を込めた予想。

         

         

        ステフの代理母としてキミーが無事妊娠したのが、

        ドラマの設定上はクリスマス前の10〜11月頃なので、

        出産は十ヶ月後の8月頃になる。

         

        ステフの子供を”気が付けば産まれてました”で済ますとは思えないので、

        出産前後を描くとしてやはり2018年10,11月前後かなぁと妄想出来る。

         

        さらに第3S最終話で

        ダニー、ジェシー、レベッカがLAから、ジョーイがラスベガスから

        活動拠点をサンフランシスコに戻すと宣言する。。

         

        伏線の設定として、

        ・キミーの夫フェルナンドが隣の旧ギブラー家を購入。

        ・DJが恋人マットと破局。ビジネスパートナーも解消か?

        ・スティーブが期間限定でサンフランシスコから離れる。

         

        オリジナルメンバーを軸に展開されると妄想出来る伏線となっている。

         

         

        ありきたりの推測・願望として、、、

         

        これまでDJをタナー家住み込みで手伝ったキミーとラモーナがギブラー家へ引っ越し。

         

        ダニーが元の部屋へ

        ジェシー&レベッカが元の屋根裏部屋へ

        DJが現ラモーナ、元のジェシー後にジョーイの部屋へ

        ステフは現状通り、地下室で赤ちゃんと…。

        ジョーイは近所に子供達と住む。

         

        ごちゃまぜ家族再結成。と言う展開。

         

        おまけで、

        出産祝いとしてNYでデザイナーと言う設定のミシェルからベビー服が届く。

         

         

         

        たーだーこうなると制作費がかさむ…。

         

        ステフの赤ちゃん役として、新たに双子を用意しないといけない…。

        必然とギブラー家に引っ越しするラモーナ、フェルナンドの出演は激減。

        DJの長男役のジャクソンの出演も減る可能性大。

         

        スティーブ&マットは前述通り設定的に出演機会は減る見込み。

         

        まとめると、、、

        ステフの初産→育児を中心にオリジナルキャスト中心で描かれる…S4。

         

        なーんて願望を込めた妄想をしておりますが…。

        制作費・出演料の増大の影響で…代理母とは言え高齢出産となるキミーの流産って

        重たい展開も過去のフルハウスを考えるとあり得る…。。

         

         

         

        頭の片隅の奥の方で、、、

        今回で打ち切り、または暫くお休みするのでは?とも思っている。

         

        それはそれで悲しいところやけど…

         

         

         

        最終話の感じだと単純に続編への布石と捉えるのが自然とは言え、

        あそこで「はい。終わり」と言われても、一定の理解は出来る。

         

        まさか、

        今後は年一のオリジナル映画として…なーんて事は無いやろうなぁ汗

         

        でもありえるかもなぁ。

         

         

        ただ明るい話題としては、

        今年夏のプレスでNETFLIXの会員数は世界的にも日本国内でも順調に伸びて、

        収益も着実に伸びてるらしいので…景気よくドーンと予算が出る…何て事もあるかな♪

         

         

        とまぁいずれにせよ、

        過去【続編決定!】のニュースは配信開始後すぐだったので、

        そろそろ速報が出ても良い頃なのでワクワク、ドキドキしております。

         

        そんな妄想で楽しんでる年の瀬のお話。ではバイバイ

        S4の制作は?

        2017.12.26 Tuesday

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          ※ネタバレします…。

           

           

          12/22にNETFLIXにて

          『フラーハウス』S3後半9話の配信がされ一気に観終えたんやけど…

          笑いあり、涙あり、気付かさせられる事多々あり。相変わらず面白いねピース

           

          今回も期待通りのサプライズゲストが登場キラキラまぁこれは予想通りやったねグー

          ダニーの再婚→離婚ってなると…登場しかないでしょうなぁ笑顔

           

          これって書いて良いのかな…??

           

          ここからネタバレ。

           

           

           

           

          まぁ誰か伏せるとして

          初登場は1991年11月19日。当時39歳。

          最後の登場は1993年12月14日で当時41歳。

          今回24年振りの出演で65歳…全く容姿が変わってないびっくり

           

          ってここまで書いたら、分かる人には分かるか汗

           

          あとS3後半1話目(18話中10作目)で日本が舞台となるんやけど、

          何故かSexy Zoneの男前の兄ちゃんが実名・実グループとして出てきます。

          まぁこれは制作段階で公表されているから書いても問題ないでしょう。

           

          たーだー

          どう言う思惑でジャニーズを起用したかは知らんけど、、、

          全世界に日本のアーティストとして彼らが出る事には抵抗感しかない。。

           

          何かジャニーズと制作のワーナー・ブラザーズ、NETFLIXとの提携があるのかな?

          だとしたら、、、配信ラインナップにジャニーズ系が増えているやろうから、

          まぁ制作側の日本ファンに向けてのサービス的なんやろうけど…。

           

          あぁ言うアイドル否定派の僕からするとちょっとね汗

          かと言ってEXILEだったとしても文句は言うけど汗汗

           

           

          日本を舞台にしてくれたのは良いけど、

          ちょいちょい小馬鹿?違う感じがするのはご愛嬌の範囲w

          むしろアメリカの昔の映画って感じがして好きw

          ゲイシャ、フジヤマ、ハラキリ〜の世界w

           

          まぁ日本ファンに向けた好意と受け取って間違いないとは思える演出ピース

           

           

           

           

          さぁて、今後S4の制作発表はあるんでしょうかね汗

          無いならNETFLIXはもう解約かな…と思いつつ、

           

          次回は続編制作の可能性を考えてみましょ。

           

          ではバイバイ

          九州は…。

          2017.12.23 Saturday

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            先日書いた高知のお客さんに紹介してもらったおかげで、

            誰が行って何を言っても新規成立の状態。

             

            そう意味では僕って本当に恵まれている。

             

            散々会社から飛行機で行けと言われた中での、中四国も担当してたし車で一週間巡業。

            まぁそれを理由に会社から逃げた。と言う方がスッキリするw

             

            それくらい毎日毎日朝・晩と仕事外の事まで非難され言われてたからw

            また僕も「すみませーん。気をつけまーす」って言わんから余計やろうけどw

             

            とまぁ、

            山陰から九州に入り大分→宮崎→鹿児島→熊本→佐賀→長崎→福岡の順でドライブ。

             

            高知のお客さんの紹介やし話もして頂いてから、殆ど地元の話w

             

            西南戦争での西郷隆盛が立ち寄った場所の話しやら、

            キャンプの時、巨人の選手が利用するお店やら、

            さだまさしが住んでたところの話しとか…。

             

            観光したついでに地元の人と話した。くらいの勢いやったかなw

            んで、ほぼ同じ展開になる。

            「何時の飛行機?」「レンタカー?」って質問に

            「関西から車ですよー」

            「またまたー」駐車場に行き確認「変わった人だねぇ」の下り。

             

            これだけで評価された気がするwつくづく運の良い男やと自覚する。

             

            そんなこんなで四国・九州は本当に寛大なお客さんが多いイメージ。

             

            それだけに中国地方は本当に遠かったw

             

            ではバイバイ

            四国の思い出。

            2017.12.19 Tuesday

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              四県それぞれに思い出深いお客さんがいて、まずは香川。

               

              ここの人には本当にお世話になった。

              前回書いた様に今では考えられない事を質問しては丁寧に教えて頂き

              注意点や対策とか担当者だったりを最低限知っておかないといけない事を教えて頂いた。

              当時18歳の無知過ぎる若者が出来た事やろうなぁ。

               

              丁寧に教えて頂けるのが嬉しくてほぼ毎月1回は夕方訪れ他愛の話をしてホテルに向かっていた。

               

               

              次に愛媛。

              ここも同時期に伺って比較的前任の方が好かれてた事もありすんなりと入れた。

              職が変わってもしばらくは連絡を取っていたし色々とご協力も頂いた。

              ここも毎月訪問するのが楽しくて仕方が無かった。

              心残りは松山市内にある桜三里となる桜の名所をお勧めして頂いたのに、

              なぜか満開の時期に担当を外れ未だに見る事が出来ていない。

               

              いつかは…と思いつつ結局行けていない。

               

               

              次に高知。

              18歳当時の僕には中々気分良く行くことは出来なかった。

              けど初めて一人で出た展示会でもあり、初めて一人で出張して宿泊したのも高知。

              得意先も1、2件しか無くあまりにあまった時間を桂浜で過ごしたのは今だから言える事。

              桂浜以外にも高知は色んなところを寄り道したお陰でそこそこ詳しい。

               

              その甲斐もあって食品の営業をしている時、

              地場の食品スーパーさんの社長や常務さんと新規の商談した時は本当に楽やった。

              ただただ世間話、高知の話をしただけな気がする。

               

              今でも覚えているやりとりで

              「高知好きなんですよ」

              「県外から来る営業は皆ご機嫌取りでそう言う。何が好きや?」

              「ヤマテパン」

               

              何故かこのやりとりで商談成立w

               

              あとは龍馬好きが高じて土佐藩縁の志士の話で盛り上がり…高知好きを認めて貰えた。

              当時マイナーだった藩士縁の名所を聞く為だけに訪れてた気がするw

               

               

              最後徳島。

              祖母の田舎が徳島なので好感だけは持ってたけど最後の最後まで僕の片想いで終る。

               

              遥か昔に取引停止になっていた地元スーパーさんを何とか諦めずに伺い、

              何とか1品だけチャンスをもらえ、しかも売れるであろう商品。

               

              それをミスった。しかも二回も。僕の責任かと言えば…責任。

               

              初めに伝えておかないといけなかったと言われればそう。

              外缶に傷がいってたりするとはいえ、実際現地で物を見たら傷どころかサビが発生していた。

               

              何とか説得し全品回収から全品交換で済み徳島+香川との県境にある30店舗近くをドライブ。

              1件1件頭を下げ商品を磨いて、無理なものは交換。

               

              会社としてはアカンけど中身は問題ないからと言う事で試食サンプルとして使ってもらい…

              何とか収まり順調に売れ、念願の追加発注をもらった1週間後に同じクレーム…。

               

              今度は全品回収。当然かな汗

              もっと神経尖らして出荷前に全部確認するくらいの余裕を作れれば…。

              先方には本当にご迷惑と期待を裏切ってしまった。

               

              結局全品回収の責任を取らされ四国担当を外されたけど、

              「僕だけのせいじゃないし」と未だに思っているし、

              徳島のバイヤー、高知の常務さんに言って頂いた事を胸に…って言うと聞こえは良いけど、

              辞めるって決めた前後だったので会社に対しては特に何も思わんかったし、

              2回目同じクレームにならない様に自分が出来た事もあったやろうと素直に思える。

               

              またその内四国にはぶらっと行きたいね。

               

              ではバイバイ

              百一

              2017.12.18 Monday

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                もう二ヶ月前になりますか…四十九日も終わりましたので…

                 

                 

                10月14日の明朝、父方の祖父が101年の生涯を閉じました。

                 

                 

                とは言うものの、

                かれこれ4,5年会っていなかったのと、僕は母方の祖母ほど可愛がって頂いた記憶もなく、

                怖く近寄りがたいイメージしかなかったのが正直のところ汗

                 

                真ん中の僻みと思うけど、

                どちらかと言うと長男は物凄く丁重に扱われ可愛がってもらってたのに対し、

                どことなく僕はついでの扱いだったのかなぁとも思ってたり汗

                 

                また祖父からすると娘孫ではなく、嫁の孫なので可愛さは半減していたのかも汗

                その分、母方の祖母からは特に可愛がってもらってたから寂しくはなかったけど。

                 

                 

                とまぁ少し祖父のお話。

                岡山で8人兄弟の末っ子として生まれ、

                戦争から帰還後は職人を束ね大工の棟梁や瓦作りを生業として二男二女を育て、

                ぼける事なく、101歳で身の回りの事は自分でこなし前日まで元気だったそうです。

                 

                最後の最後まで戦争の事は誰にも話さなかったみたいやけど、

                満州から傷兵として仲間を残し帰還した後ろめたさや悔しさがあったのかな?

                 

                会ってなかったとは言え、亡くなったと聞くと若干寂しくもあり…。

                と、複雑な気持ちではあるけど、岡山の山奥から出てきて出兵もし、

                海を渡り満州の地で日本を護る為に戦い帰還し子孫を残し101年も生き抜いた祖父を尊敬する。


                合掌。

                 

                 

                 

                ※満州かどうかも祖父は話さなかったみたいです。

                唯一残された軍服を着て馬にまたがった写真から

                叔父と親父は満州じゃないかと推測。

                 

                実際どこの部隊に属してどう言う事を経験したのか聞いてみたかったのが本音。

                昔、小学生の頃聞いた時に教えてもらえなかった記憶が微かに残る。

                 

                祖父の本籍地である都道府県庁に問い合わすせれば分かる可能性があるみたいやけど、

                言わなかった祖父の気持ちを尊重し調べないべきか、

                101年どう言う人生を歩まれてきたのか知りたいし残したい気持ちもある。悩みますね。

                 

                では。

                結果的に旅行?

                2017.12.10 Sunday

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                  地方を担当させて頂く事が多かったので西日本は沖縄以外は走破した。

                  先々に友達がいる。なんて事は言えないけど、頼れる人はいるかな?程度。

                  特に四国、岐阜、宮崎、大分、石川は思い入れが強い。
                  お客さんやのに大変可愛がって頂いたのと一緒になって売上を作った?感じで笑顔

                  もちろん土地柄が好きってのもあるけど。

                  特に石川県の酒屋チェーンは僕からすると少しお兄さん達が各店の担当をしていたから、

                  遊んだり真剣に怒られたり、商品の事教えたり、怒ったり、

                  逆に他の商品の事を教えてもらったり失礼ながら同志って感じがしていた。

                   

                  半年に1回の社内の商品選定会議、

                  普通は商社や問屋さんが呼ばれ様々な商品を説明するのに、

                  何故か数店からうちの会社を推薦して頂いた事が嬉しかったなぁ。

                   


                  四国は18歳で業界の事以前に社会人としての右も左も分からないまま訪れ、

                  今思えば非常識な質問で出入り禁止になってもおかしくないのに

                  丁寧に教えて頂いたり、知り合いのお客さんを紹介して下さったり、

                  歴史好きの僕の為に隠れた名所を調べて教えて頂いたり、

                  また逆に訪ねて来て頂いたりと温かいイメージが強い。

                  逆に名古屋と京都、広島にはかなりの苦手意識がある汗

                  それでも会社のお金で色んな所に行かせて頂いた事は

                  本当に恵まれていたし物凄い経験をさせて頂いた。

                  心残りは殆どの夕食をコンビニ弁当で済ましてたので、

                  もっと外食し地元の居酒屋とか若い時から行っとけば良かったなぁ。

                   

                  「今日何食べるの?」ってお客さんに聞かれて

                  「コンビニorファミレス」って言う情けない僕を、

                  地元のお店でご馳走して下さった得意先の方々みたいになりたいと思うよね。

                   

                   

                  ではバイバイ

                  特に意味はない。

                  2017.12.06 Wednesday

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                    物売りをしているのが一番幸せで向いていると最近特に思う。

                    仕入先ー会社ー自分ーバイヤーー販売店ー消費者。

                    バイヤーさんと話す時は緊張もしたけど、何か楽しかった。

                    問屋相手の営業を少しやってたから、余計に直接話す事のスピード感とか影響力とか刺激的やった。
                    それだけに自分の売上のプレッシャーより「売れんかった」って言われる怖さ、

                    プレッシャーが半端なかった。

                    リサーチ能力も先見の明も無く、感覚だけで生きてる僕があんな仕事をしてたと思うと怖くなる。

                    それだけに「売れたわー」って言われた時の快感を味わうと次も次もってなるし、

                    また競合他社の営業マンから疎まれる程嬉しいものは無かったし、

                    それがまたマークされ徹底的に潰しにこられいじめられ倍以上返しに合うw


                    営業しか知らんけど、結果的に営業は楽しいと思える。

                    辛いのは売上落として怒られるよりも、

                    他社に取られる事よりも先方の倒産。

                    幸い他の営業の方より、いわゆる引っ掛かった額や件数は少なくトータル3件くらいかな。

                    その中で辛かったのは関西を拠点にしていた小売店さん。

                    新規開拓して少しずつ売上も伸びていたし信用調査も

                    特に問題無かったにも関わらず別事業が足を引っ張り…。

                    担当者として微妙な変化に気付かなかった点は会社に対しての責任は大きい。

                    結局数十万円の損失を被ったわけで。

                    それとは別に先方の弁護士から通知が来て伺い、

                    会社からは回収できるまで帰ってくるなと言われたのもあり、

                    説明が終わっても会社の前で待って、他社が帰るのを見送っているだけ。

                     

                    見かねて?迷惑やから再度事務所に通してもらったところで、

                    先方は「支払えません」って頭下げるだけやし

                    「社員への給料も払えなくて」って泣き出すし…。

                    結局、半分は回収できて会社にはとりあえず褒められたけど、

                    人生で一番褒められて嬉しくなかった。

                    倒産した事についてはもちろん僕が悪い訳ではないし、

                    慈善事業ではないから対価として回収するのは当然。

                    けど、もっと注意深く見て変化に気付いて出荷制限するとか出来たら、

                    僕みたいな若造に涙ながらに頭下げずに済んだんかなぁって思うと胸が痛くなる。

                     

                    思えば営業で一番辛い一瞬やったかも。

                     

                    ではバイバイ

                    1つの懸念。

                    2017.12.04 Monday

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                      当時を振り返るに当たり
                      1つ懸念、後悔と言うか、気になってる事がある。

                      某ドラッグストアーの窓口やったI氏の事。

                      僕が開拓し意気投合して協力的に動いて下さった事は物凄く感謝してるんやけど、

                      当時、こちらからの支払いをトラブル防止の為、現金から振り込みに変えましょう。

                      って事に会社としてなって交渉したけど、I氏だけは頑なに現金にこだわった。

                      当然、僕はそんな事一切しなかったけど、あの仕組みは管理していた僕を含めて、

                      配送ドライバーや営業所・顧客であるチェーン店の窓口担当者含め少しでも関係する人間は

                      誰でもポケットに入れる事が出来た。

                      会社から何度も何度も振り込みに変えてもらう様に言われてたけど、

                      I氏は様々な理由をつけ拒み、僕が東京に転勤して間もなくその会社を去った。

                      そればかりか教えてもらっていた個人携帯も繋がらず音信不通になった。

                      ひょっとしたらピンはねしていたのかも知れないし、

                      そうであれば僕にも容疑をかけられ調べられてもおかしくない。

                      幸い領収書だけはキチンと貰って管理していたので会社から「キチンと渡したな?」の問いで済んだけど、

                      結局I氏が突然辞めた理由は何やったんやろか。

                      しばらくして職が変わり新規開拓の名目でその会社を訪れ聞いてみたけど結局謎のまま。

                      もしお金がらみなら、無理矢理にでも振り込みに変えてもらうべきやったのかも。

                      今どうされてるんやろうか。未だに少し気になる。

                       

                      では礼